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1名無しさん???v 2015/10/08 12:38

まずは麻田奈美のこの画像から

2名無しさん

麻田奈美

3名無しさん

Vintage Nude

4名無しさん

ワンダーウーマン
アメリカでは今も現役だが、日本で最も知られているワンダーウーマンはリンダ・カーター

5名無しさん

julian mandel

6名無しさん

【驚愕】ヒトラー、スパイに女性ホルモンを打たれて女体化していた

 ヒトラー女性化計画とは、第二次世界大戦中にアメリカの諜報機関「戦略諜報局」(略称OSS)が、ドイツの指導者アドルフ・ヒトラーに強力な女性ホルモンを投与し、心理状態を不安定にし、声や容貌を女性化しようとした計画。

 OSSは国家社会主義ドイツ労働者党(ナチ党)およびドイツの指導者であるヒトラーの影響力を削減する計画を立てていた。しかし、暗殺はヒトラーを「殉教者」にしてドイツの戦意を高めるとして採用しなかった。

 そのためOSSは女性ホルモンを投与することにより、ヒトラーの性格をさらに「女性的」に傾け、ヒトラーの声をソプラノにし、トレードマークの口ひげを落とす計画を立てた[3]。

1942年秋、OSSは熱でも水でも変成しないという高濃度の女性ホルモン液を開発し、ヒトラーの食べる野菜に振りかける計画を立てた。OSSはヒトラーの食事に使われる農園を特定し、そこで働く反ナチスの小作人を買収し、任務に当たらせた。

 2週間後、工作員は小作人が「使命を達成した」という報告を受け、OSS本部に連絡した。本部は計画の成功に沸き立ち、「ヒトラーにブラジャーをプレゼントしたい」「では私はマニキュアを」などとふざけあったという。

 ヒトラーが表面的に女性化したという影響は見られなかった。しかしヒトラーの体調が1942年以降急速に悪化したことについて、児島襄は女性ホルモン投与が関係するのではないかとしている[5]。

https://ja.wikipedia.org/wiki/ヒトラー女性化計画

https://www.weblio.jp/content/ヒトラー女性化計画
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1274869382

7名無しさん

もんぺは、日本で用いられる女性向けの労働用ズボンないし袴の一種である。
モンスターペアレントの略称。
モンスターペイシェントの略称。
とんでモン・ペ - 1982年から放送されたテレビアニメ、およびその登場人物の花村モンペ。

戦争は終わった、平和の象徴ミニスカートに履き替えよう

8名無しさん
9名無しさん
10名無しさん
11名無しさん
12名無しさん
13名無しさん

麻田奈美
の、おっぱい

14名無しさん

倍賞 美津子

15名無しさん

倍賞 美津子

16名無しさん

夏木マリ

17名無しさん
18名無しさん
19名無しさん
20名無しさん
21名無しさん
22名無しさん

美保純

23名無しさん

【悲報】わざわざ隠したアンネの日記の恥部、最新技術により全世界に発信される

「アンネの日記」、封印された「下ネタ」ジョーク明らかに
BBC News Japan 2018年 5月 16日

ナチス・ドイツから逃れようと隠れ家で生活していたユダヤ人少女による「アンネの日記」で、これまで公表されていなかった2ページ分の内容が15日、明らかにされた。当時13歳のアンネ・フランクさんは、セックスについて思ったことや、性的なジョークを書き綴っていた。

アンネさんはオランダ・アムステルダムの隠れ家で潜伏生活を始めて間もない1942年9月28日、性的ないわゆる「下ネタ」ジョークを4つ、書き記していた。

色々な内容を書いては線を引いて消していたページで、「駄目になったこのページを使って、『下ネタ・ジョーク』を書くことにする」とアンネさんは書いた。ジョークのほかに、性教育について数十行にわたり書き、自分が誰かにセックスについて説明する羽目になったら何と言うかを想像してみている。売春婦についても言及している。日記の別の箇所には、売春婦というものについて父親から教わったと書かれている。

アンネさんはこうした内容を書いたこのページに、茶色い紙を上からのりで貼り付けていた。内容を家族の目に触れないようにするためだったとみられる。

画像解析技術の発達によって、研究者はついに隠された文字が読めるようになり、今回の発表につながった。

アンネさんが家族と隠れていたアムステルダムの家は現在、「アンネ・フランクの家」として博物館になっている。同博物館はツイッターで、「アンネ・フランク・ハウスはホイヘンス研究所とオランダ戦争資料研究所と共同で、赤いチェック柄表紙の最初のアンネの日記から、のりで紙が貼られていた2ページに隠されていた内容を、本日明らかにしました。新技術のおかげで、伏せられていたページの文章が解読できるようになりました」と書いた。
https://twitter.com/annefrankhouse/status/996393130705522689

博物館のロナルド・レオポルドさんは、「アンネ・フランクは性的なことについて、屈託なく書いている。思春期の子供らしく、性に関心があるのが分かる」と話す。

博物館と協力し、2016年に新しく撮影した写真から隠された内容を解析した先端社会研究所NIOD(オランダ戦争資料研究所)は、日記の写真と共に、「アンネ・フランクの日記から、新しい2ページが見つかった!」とツイートした。
https://twitter.com/NIODamsterdam/status/996406382583742464

NIODのフランク・ファン・フレー所長は、「見つかった文章を読む人は誰しも、にっこりしてしまうはずだ」と話した。「アンネが書きとめた『下ネタ』ジョークは、思春期の子供たちの間の定番だ。アンネは才能豊かな少女だったが、何より普通の女の子だったことが分かる」。

アンネさんが日記に書いたジョークのひとつは、「ドイツ軍の女の子たちが何のためにオランダにいるか分かる? 兵士のマットレスとして」というものだった。

博物館によると、アンネさんはほかでもセックスについて書いている。隠れ家で暮らす他の人たちが口にしたジョークに言及したり、自分自身の生理や性行動について書いたりしているという。

アンネさん本人が明らかに秘密にしておきたかった内容を公表することについて、博物館はアンネさんの日記に対する学術的な関心の高さを判断理由に挙げた。「アンネの日記」は国連教育科学文化機関(ユネスコ)の「世界記憶遺産」に登録されている。

博物館はさらに、内容を公表しても「アンネのイメージは変わらない」と指摘。「アンネはホロコーストの象徴として、長年をかけて世界的に知られるようになった。その分、アンネという女の子の姿は、見えにくくなっていた。隠されていた文章の封印を(文字通り)解いたことで、好奇心旺盛で、色々な意味で早熟だった10代の少女が、あらためて前面に戻ってきた」と博物館は説明している。

アンネさんは1942年7月5日、父親の会社社屋の「後ろの家」で生活し始めた。13歳の誕生日に日記帳をもらった約1カ月後のことだった。

家族や、親しいファン・ペルス一家との共同生活は、1944年8月にナチスに発見されるまで続いた。2年も続いた潜伏生活が発覚してしまった正確な理由は、いまだに分かっていない。

アンネさんは1945年、ベルゲン・ベルゼン強制収容所で病死した。家族で唯一生き残った父オットーさんが1947年、娘の日記を出版した。

(英語記事  Anne Frank's 'dirty jokes' found in hidden diary pages )
https://www-bbc-com.cdn.ampproject.org/c/s/www.bbc.com/japanese/amp/44134697

24名無しさん

【エロ注意】大奥を生々しく描くとこうなる・・・・・

大奥の女たちの性生活をAV会社がリアルに作成!
http://www.karikubi.com/archives/1476

裏大奥 崎山の乱 マックスエーアダルト大奥シリーズより

25名無しさん

>>24
暴れん坊将軍もたじたじだあ

26名無しさん

>>24
男1人に女が1000人3000人では当然こういうことに

27名無しさん

画像下:
昔見た大奥の張り型はこんなオモチャな造りではなくて、べっ甲細工で造形を凝らした格式高い逸品だった
双角の頭はやたらと黒光りして根元がそれと分かるほど不自然にくびれている、どれだけ使い込んだのか推して知るべし
「水滴石をも穿つ」とは言うが、長年の淫水焼けと膣の締め付けはここまで凄まじいものかと驚嘆したものだった

28名無しさん

鰐淵晴子

29名無しさん
30名無しさん
31名無しさん
32名無しさん
33名無しさん

>>6関連
【朗報】ヒトラー、ユダヤ系の少女と仲良しだった

にっこり楽しそうに笑う女の子を、男性が抱きかかえている。男性も嬉しそうに笑っている。一見すると、素晴らしく幸せな写真だ。

写っている男性が、アドルフ・ヒトラーでさえなければ。そして、女の子がユダヤ系でなければ。

ヒトラー率いるナチスはユダヤ人を迫害し、後にユダヤ人600万人の大虐殺を遂行した。
それにもかかわらずヒトラーは、ローザ・ベルニール・ニナウさんとの友情を大事にしていた。
5年後にナチス高官が介入して、やめさせるまでは。

2人の関係を1933年に記録した珍しい署名入りの写真は、米国でオークションにかけられることになった。

写真は、ヒトラー専属の写真家ハインリヒ・ホフマンが撮影したもの。
米メリーランド州の競売業者アレクサンダー・ヒストリカル・オークションは、13日に始まった競売では1万ドル(約110万円)ほどの値がつくだろうと予測している。

「サイン入りのものが表に出てきたことはなかった」と、同社のビル・パナゴプロス氏は英紙デイリーメール電子版に話している。

「ヒトラーはプロパガンダ目的で、しょっちゅう子供と一緒に写真を撮った。しかし、この作品は衝撃的だ。
ヒトラーは本心からこの女の子に、親近感を抱いていたようなので。愕然とした」





ヒトラーはユダヤ系少女と仲良しだった……写真競売に
https://ichef.bbci.co.uk/news/660/cpsprodpb/BC0E/production/_104324184_207359e2-26ac-4e1b-b47b-400e4b1623ed.jpg

34名無しさん

>>33
「ヒトラーの恋人」

ヒトラーと女の子は、誕生日が同じだった。それが出会いのきっかけだった。

競売サイトによると、ローザさんは1933年、母親のカロリーネさんと一緒に、アルプスにあったヒトラーの別荘ベルクホーフを訪れた。
別荘の外には、ナチス総統の誕生日を祝う大勢が集まっていた。

ローザさんの誕生日が自分と同じだと知ったヒトラーは、ローザさんと母親を別荘に招き入れたとされている。写真はそのとき撮られたという。

それからまもなくして、カロリーネさんの母親がユダヤ人だったことが判明する。ナチスにとっては、ローザさんもユダヤ人ということになった。

しかしそれでも、ヒトラーは少女との友情を終わらせなかった。一緒に撮った写真は、サインをして送っている。

「親愛なる、そして(思いやりのある?)ローザ・ニナウへ、アドルフ・ヒトラー、ミュンヘン、1933年6月16日」と、ヒトラーは書いた。

ローザさんは後に、この白黒写真に自分で花を足しているようだ。

ローザさんは1935?1938年の間に、少なくとも17回にわたりヒトラーと側近のヴィルヘルム・ブリュックナーに宛てて手紙を書いた。
ヒトラーの個人秘書マルティン・ボルマンが、ローザさんと母親(ローザさんの父親は死亡していた)に連絡を控えるよう命令するまで続いた。

部下のこの命令を、ヒトラーは気に入らなかったようだと写真家のホフマンは後に書いた。

ホフマンは1955年に発表した回顧録「Hitler Was My Friend(ヒトラーは友達だった)」で、
「私のあらゆる楽しみを台無しにするのが本当にうまい連中がいる」とヒトラーが自分にぼやいたのだと書いている。

ホフマンはさらに同書に、「ヒトラーの恋人」とキャプションをつけて、2人の別の写真を掲載。
「ベルクホーフで少女に会えるのをヒトラーは楽しみにしていた。
しかしそれは、お節介な誰かが、少女が純粋なアーリア人の血統でないと発見したため、終わってしまった」のだという。

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